線を辿って

まるで絵が描けない。

書道も苦手であって、どうも生来の美的センスという物が僕には欠落しているようだ。

そのようであるから、僕は芸術とは無縁の実務者の一人として世界を回すこと、あるいは世界に回されることを日常にしている。

好きなことをせず、嫌いなことも甘んじて受け入れ、そうやって数十年も繰り返せばくたびれて擦り切れかかった中年が出来上がる。

どこにでもいる中年だ。

そんな中年に、芸術に触れる機会があった。

飲み屋で知り合った三十絡みの女性を口説いて、ホテルに連れ込んだら背中に入れ墨が入っていたのだ。

今まで、入れ墨の入った女を抱いたこともなくはないが、今回は随分とステージが違った。

タトゥーではなく、刺青だ。

和彫りの阿修羅。しかしまだ筋彫りで色が入っていなかった。

未完の背中。

次の段階に進む為に、今はもっぱら仕事に打ち込んでいるという彼女との情交が終わった後、背中を撫でながらゆっくり眺めた。

特段、柄の思い入れも由来も聞かなかったが、美しかった。

そして、そんな重たいものを背負うに至った彼女の屈折が少しだけ見えた気がした。